前十字靭帯断裂の重傷を負った藤枝友仁選手
前十字靭帯断裂の重傷を負った藤枝友仁選手
NPL2部のFC Bulleen Lions在籍時、2022-2023年シーズンの最終節で、前十字靭帯断裂という重傷を負った藤枝友仁選手。
その時の様子とその後どうなったのか、オーストラリアでのプレーや生活についてインタビューしています。
海外で怪我をした時のために何を備えておいたほうが良いのか、どう考えるのが適切なのか、これから海外でプレーしようと思っている方や、すでにプレーしている方にとって、とても参考になる体験談だと思います。
2022-2023年シーズンのEastern Lionsに在籍されていた時に、何度か試合を観戦させてもらって、写真も撮らせて頂きました。
Jリーグで活躍された大井健太郎選手と藤枝選手で、日本人が2人同時期にチームに所属していましたね。
事故と怪我のお話し
危険なファールをされるシーンもよくあったように思いますが?
怪我をするようなタイプというか、手術をするような怪我を今までしたことがなくて、膝の怪我とかもしたことがなかったので。
自分もまさかという感じだったんですけど。
どのような状態で起こったんですか?相手のファールですか?
ファールを受けてではなく、人工芝で足を取られて、ターンができずにひねってしまったという感じです。
Bulleen Lionsのホームの人工芝は硬くて滑るんです。足の負担がめちゃくちゃ大きくて。
人工芝の状態が悪く、今季何人か怪我をしたこともあって、来季はBoroondara Eagles FCに移籍します。
重傷ですが、救急車で運ばれたとかですか?
そのまま担架で運ばれてピッチから出たんですが、アイシングとかもせずに、自分で車で帰りました。
歩けていたということですね?
びっこは引いていたんですが、自分の中では、大怪我をした感じではなくて、3か月くらいで治るだろうなという感じで思っていました。
そのあとも仕事はしていましたが、走るとかができなくて。
重症だとわかったのはいつ?
チームドクターから、一応MRIは撮った方が良いと勧められていたので、MRIを撮ってもらうことにしました。
病院は自分で探して?
チームから、MRIを撮ってもらう場所・病院の紹介はしてもらっていました。
そこでMRIを撮ってもらった際に、膝前十字靱帯が断裂していると診断されました。
ただ自分自身もこういった怪我の経験がなかったのと、オーストラリアの医療がどれだけ信頼できるのかという部分もあって。
怪我をした試合が最終節だったこともあって、とりあえず日本に帰って、もう1度MRIを撮って再診断をしてもらうことにしました。
その後どうなりましたか?
怪我をした1週間後に、日本に帰ることを決めました。
もしかしたら、手術になるかもしれないと思っていたんですが、自分の中ではまだそうなると断定できるものがなかったので、オーストラリアの家の契約とか荷物とかも何も持たず、とりあえず日本で診断だけ受けようと思って帰国しました。
もし手術をすることになるようなら、もう1度オーストラリアに戻って、家などの契約も解約してから、それから手術を受けようと考えていました。
でも日本で診断された時に、「これはすぐに手術をした方がいい」と言われて、運良くすぐに手術を受けることができて、診断から1週間後に手術を受けることになりました。
オーストラリアの手術は非常に高くて、手術を受けるために待つ期間も長いので、帰国して手術を受けられたのは大正解だと思います。
オーストラリアに全部残してきたんですよね?
家賃を半額にしてもらって、まだ契約を残してあります。
オーストラリアの銀行のカードと免許証の期限が切れるのですが、オーストラリアの携帯電話が使えないので認証ができなくて。
免許は失効から6ヶ月未満なら、Vicroadsのホームページから通常の手続きで更新可能です。
オーストラリアでの手術を考えたことは?
怖いですね。言葉も通じないし、専門用語になったらもっとわからないので。
何か保険は加入していましたか?
実は何の保険に入っていたのか、良くわかっていなくて。
学生なら学生保険のはずですが、コロナ特例の延長ビザですよね?
もしかしたら、保険に入っていなかったんじゃないですか?
MRI自体は2万円ぐらいだったと思うんですけど。
コロナ特例ビザの条件に、「Maintain adequate health insurance」(適切な健康保険を維持すること)の一文があったので、おそらく個人的には無保険だったのだと思われます。
NPLでプレーしていたことから、選手としての活動には、クラブがFootball Victoriaの保険に加入させています。
今の状態はどうですか?
手術を受けて3週間ほどなので、あと2・3か月は何もできない状態です。
当時のことを考えるとどうですか?
最終節の試合終了20分前だったので、あと20分何もなければ、怪我もしなかったのにと思うことはあります。
オーストラリアのお話し
オーストラリアにはどうやってきましたか?
日本のエージェントを使って、ニューサウスウェールズの南コーストリーグのチームConiston FCと契約することができました。
メルボルンに行くときには、そのエージェントも無くなっていて、あとは自力でした。
サッカーのエージェントについてどう思いますか?
エージェント選びって、ちょっと難しいですよね。
最初に移籍した際のエージェントは、特定の郊外リーグだけとしか繋がりがなかったようですし、メルボルンに行く時にはなくなっていました。
色々なサービスはありますが、後々考えると、自分でもできたのかなと思ったり。
どこも同じくらいですけど、ちょっと高いですよね。
オーストラリアには何年いましたか?
4年です。メルボルン自体は2年だったんですけど、最初の2年はニューサウスウェールズの独立リーグみたいなところにいました。(ニューサウスウェールズ州の郊外リーグに当たる南コーストリーグ)
メルボルンでは、Preston Lions FC、Geelong SC、Eastern Lions SC、FC Bulleen Lionsと4つのクラブを経験しました。
オーストラリアでプレーしてどうでしたか?
体格差もあって、簡単ではないですよね。
自分自身あまり速いタイプでもないし、チームは戦術でプレーするスタイルでもないので、どんどんやっていかないと評価も下がってしまうので。
難しいですよね。
日本人だからというのはあった?
差別されるとか、そういうのは1回も無かったです。
英語がわかっていないので、聞こえてないだけかもしれないですけど。
飲み会とかよくあるんですけど、お酒があまり飲めないので、そういうのが苦手で。
語学学校に行きましたか?
1年目はワーキングホリデーで来て、2年目は語学学校にも在籍はしたのですが、ビザ取り学校と呼ばれるところで、コロナの都市封鎖の影響でオンライン授業でした。
3年目以降は、コロナの特例でビザの延長ができました。
語学学校の中には、内容や評価は良くないものの、料金が安いところがあり、ビザを延長するためによく使われるため、ビザ取り学校と呼ばれています。
今後について
今後の予定は?
術後5カ月になったら、サッカーの練習が始められるので、その時にメルボルンに戻ろうかなと思っています。
あと1年間、ビザが残っているので、戻ってからセカンドを取りに行こうと思っていて。
ただ膝にボルトが入っているので、セカンドを取ってから日本に戻ってボルトを取って、またオーストラリアに戻る予定です。
セカンドとは、ワーキングホリデービザの延長・再取得のこと。
ファーム等で規定された期間働くことで、2回目のワーキングホリデービザを取得できます。
日本人の間で、それを略して「セカンド」と呼んでいます。
大変な怪我でしたが、サッカーは続けますか?
来シーズンはやらない予定で、その次のシーズンから戻れたらと考えています。
シドニー2年、メルボルン2年と居たので、次はブリスベンかどこか、他でやりたいかなと思っています。
でもメルボルンで良い感じだったので、メルボルンでもいいかなと思っています。
藤枝友仁 / Tomohito Fujieda
かえつ有明高等学校、大東文化大学出身。
2023年シーズン終了時で、オーストラリアで通算4シーズン。
ニューサウスウェールズ州の南部コーストリーグのクラブConiston FCから始まり、ビクトリア州のPreston Lions FC、Geelong SC、Eastern Lions FC、FC Bulleen Lionsと5つのクラブでプレー。