メルボルン Heidelberg Eagles SC・石田玲選手のインタビュー
メルボルン Heidelberg Eagles SC・石田玲選手のインタビュー

メルボルンのサッカーリーグ、State League 3のHeidelberg Eagles SCで活躍している石田玲選手。
屈強ムキムキのオージーに交じって闘う、日本人ゴールキーパー。
オーストラリアの中では珍しい、アジア系のゴールキーパー。
他の選手が大きいので、身長差という意味では明らかに不利に見えますが、落ち着きを持ったプレーを見せる。
お話を聞いてみると、しっかりと芯が1本通った考えを持った選手で、ちょっと古いタイプの日本人ではあるかもしれませんが、それだけにチームでも愛されているんだろうなとわかるエピソードがあります。
今のチームについて
昨日はシニアの試合に出た?
(しばらくリザーブで昨日は試合結果に名前があったから)<記者>
ようやくシニアのチームに戻れまして(笑)
監督には監督の考えがあるんだろうなと。
シニアの試合に出れなくなった時に、何を求められているのかを聞いたりして、それを練習中にトライして、アピールしてみたいな感じでしたね。

ポジション争いが厳しいですよね?
そこはオーストラリアに限らず、日本でも一緒なんで、別に困ってはいないんですけど。
厳しいと言えば、やっぱり体格ですかね、僕は小さいんで。
それこそ、こっちはストライカーもでかいですし。
試合前とか練習参加とかすると、物珍しそうには見られますね。
アジア人のゴールキーパーとかあんまりいないんで。
練習参加の時とか、試合前とかでも、「ポジションどこだ?」って聞かれて、ゴールキーパーだって言ったら「え?」って、なることがよくあります。

今のチームはどうですか?
良いチームだと思います。
チームメイトも良いですし、クラブ自体も僕は好きですね。
監督だったり、コーチ、クラブがちゃんとしてるところは、やっぱり居心地がいいし、そのために頑張りたいなと思うし。
チームがアルバニア系なんですけど、去年はアルバニア系のチームが集まるカップ戦みたいな、アルバニアカップみたいなのがあって。
「お前そのメンバー入ってるから」って言われて、試合に出たんですけど。
みんなアルバニア人で、他のチームもみんなアルバニア系、シドニーとか他の州からも来ててすごいなと。
ロッカールームの前とか広場みたいなところで、民族衣装着て踊ってたりとか、DJも呼ばれてて音楽も全部アルバニア語だと思うんですけど。
選手にアジア人がいないじゃないですか?
そしたら観客席から「お前アルバニア人じゃねえだろ」とか冗談で言われたり、笑いながら試合してましたけど。

今年も同じチームですが、昨シーズンはどうでしたか?
去年はシニアの試合に出たり、出なかったりでしたね。
最初のほうはそれこそ、前からずっと契約してた選手がずっとスタメンで出てて。
その選手が大怪我をして、長期離脱になっちゃって、そこからスタメンで出させてもらってたんですけど。
背が高くて経歴もある、新しいゴールキーパーが入ってきて、今度はその選手がずっと試合に出てましたね。
でもその選手は、練習に来なくても、試合に出るんですよ。
僕は全然シニアの試合に出れなくて、本当は良くないんですけど、結構イライラしてたんで、監督に「彼が練習に出なくてもシニアの試合に出れるんだったら、僕がどんなに頑張ってもひっくり返らない。スタメンが変わらないわけなんだから、もう僕をシニアの試合のベンチに入れないでくれ(交代要員として待機しない)、もうリザーブの試合だけでいい、リザーブ所属にさせてくれ」って言いました。
監督の人柄は好きなんですけど、サッカーが絡んでくると、ちょっと僕とは合わないなって感じで。

そしたら監督が「契約云々が変わってくるから、そのあたりを話さないといけない」って。
練習に来なくても試合には出れるとか、アンフェアだと思っていたし、クラブの関係者も僕に「フェアじゃないよね」って、フォローをしてくれていたので。
これは言い方は悪いんですけど、これを利用したら、クラブは俺のバックについてくれるなと思って、チームに話を投げかけました。
そしたら、チームは僕の境遇・待遇があまり良くないから、一応シニアの試合が契約(試合給)の対象だけど、リザーブの試合でもベンチか出場してくれれば、給料は払うよっていうのは言ってくれて。
そのままやってこうかなって思った時に、監督とクラブが仲違いをし始めて。
最終節の時に、その監督がいなかったんですよ。
それで、最終節のホーム戦で、5試合ぶりにシニアの試合に出れて。
シーズンの最後の試合はシニアで終われて、チームも勝って終われて、なんか最後に報われたなって感じましたね。
山あり谷ありのシーズンだったんですけど、最後に上手くまとまってよかったなって思います。

今季の監督はどうですか?
今の監督は、とても好きですね。
人間性もそうですし、サッカーの面でも結構通じる部分だったりとか、リスペクトをしてる部分が多いんで、監督・指導者の面では充実はしてますね。
日本人は時間とか、きっちりしてるじゃないですか?
そういった文化を監督も重視しているんで、集合時間もそうですし、用具・スパイクだったりとかを、ちゃんと綺麗にして、これはお前らの商売道具なんだから、常にケアをしておけって。
口で言うのは簡単なんですけど、実際にやるのは難しいじゃないですか?
それをちゃんとする監督なんで、そういう監督のほうが僕は合うっていうか。
選手に自由にやらせるっていうのも良さではありますけど、サッカーをやる上では、サッカーを優先したルール・決めごとがたくさんある方が僕は好きですね。
メルボルンでのサッカーについて
今、何シーズン目ですか?
もう4年、4シーズン目です。
(来たのはコロナの規制が解除されてから?)<記者>
コロナの時はちょうど大学4年生で、卒業してそのままストレートで(海外に)行きたかったんですけど、(コロナによる入国規制で)オーストラリアに行くことができなくて。
大学の部活も卒業でどうしようかなってなって、1年社会人のチームを挟んで、そのシーズン途中に開きますよ(規制解除)ってなって、それで来たみたいな感じです。
(一番良い時に来たんじゃないですか?)<記者>
そうですね、コロナの規制後すぐだったので、あんまり人もいなくて。
家賃も安くて、シティで週180とか190ドルとか。

英語でゴールキーパーをやるって難しくないですか?
今もそうなんですけど、端的に言っちゃえば、英語は通じるっていうのがわかったので。
文章で伝えなくても、単語で言えばわかってはくれるし、コーチングに時間がかかると、その分場面も変わっちゃうので。
試合中のコーチングとか、コミュニケーションの部分は、そんなに苦じゃなかったですね。
単語さえ覚えてしまえば、あとは頭でパッと出てくるかこないかなんで。
ポジション争いも厳しいですよね?
そこはオーストラリアに限らず、日本でも一緒なんで、別に困ってはいないんですけど。
厳しいと言えば、やっぱり体格ですかね、僕は小さいんで。
それこそ、こっちはストライカーもでかいですし。
試合前とか練習参加とかすると、物珍しそうには見られますね。
アジア人のゴールキーパーとかあんまりいないんで。
練習参加の時とか、試合前とかでも、「ポジションどこだ?」って聞かれて、ゴールキーパーだって言ったら「え?」って、なることがよくあります。

日本と比べて違うことは?
(体が大きいので怖くないですか?)<記者>
やっぱり体格がオーストラリア人はでかいんで、(守備側としての)安心感は日本とは違う安心感ですよね。
相手のストライカーも大きいですけど、意外とボールが飛んできてる時は怖いとは思わない。
何も関係ない場面で、こうなったらどうしようっていうのは怖いって思いますけど、いざクロスボールだとかシュートとか、一対一になったりした時は、怖いなんてことは考えたことはないですね。
ぶっ飛ばされたりした時に、「うわ、やっちゃった」とか、やられたなとか、後悔でもないですけど、そういうのはありますけど。
シュートは日本人のほうが強いシュートを打てるなって思います。
感覚の問題ですけど、オーストラリアの人は、「ただ早いシュート」が多い、日本人は早いのにプラス、ボールが重いんですよね、ボールを止めた時に。
そこがなんか違いかなって思います。

カードをもらうことはありますか?
イエローカードは1回ありますかね?
4シーズンやって、1回だけもらいましたね。
1対1になって、グラウンドが結構ぬかるんでて、スタートダッシュが遅れちゃって。
裏の処理でスライディングしたら、相手の足ひっかけちゃって。
ペナルティエリアの外だったんで、PKではなかったんですけど、もしかしたら退場かな?やっちゃったなと思って。
本当に自分的にも申し訳ないと思ってたんで、すぐ選手をかきわけて、「ごめんね」って謝ったら、「全然大丈夫だよ」って向こうのストライカーの選手が言ってくれて。
そのやり取りを多分審判も見てて、「気を付けてね、一応カードは出すけど」って。
それぐらいですかね、カードをもらったのは。
フィールドの選手は、ボールに触る機会も多いですし、コンタクトが多いじゃないですか?
そうなると自然にカードをもらうと思うんですよ、でもそういった機会が少ないんで。

怪我はないですか?
ありがたいことに、4シーズンやって、でかいのは無いですね。
ちょっと捻挫みたいなのはありますけど、それで別に練習を休んだりっていうのは無いんで。
ただ、だいたい1試合に1回はぶっ飛ばされてますね。
試合中に日本人と言い合いになったりとかは?
いや別にないですね。
ポジション柄もあるんじゃないですかね?
僕はそんなにコンタクトをするわけじゃないんで、1回もトラブルになったことはないですけど。
マッチアップとかでバチバチやられてると、日本人同士でもイライラしたり、ヒートアップしたりっていうのはあるんじゃないですか?

オーストラリアは戦術が無いと良く聞きますが?
戦術は無いけど、ボールの球際だったり、その辺は日本ではない迫力があるので。
一重に日本のサッカーが良いっていうわけではないですし、オーストラリアにはオーストラリアのスタイルがあるし、日本には日本のスタイルや流れがあるし。
お互いに良い悪いっていうのがあると思うので。
自分がサッカーをしたくてオーストラリアに来てるんだったら、そこに順応しろよって思いますね(笑)
(チームのやり方に納得しなかったら)自分が発信すればいいわけですし、もっとこうしたいと、チームをより良くしたいっていう気持ちがあるから不満があると思うので、それなら自分が発信する、英語ができないんだったらボードに書いたりしたら良いと思うし。
(求められる傾向としては?)<記者>
どのチームの監督もやっぱり、フィジカルはもっと欲しいとは言いますね。
強くやって欲しいって言われますけど、頑張ってる姿勢じゃないですかね?
差別はありましたか?
差別はまぁありましたね。
アジア人はみんな同じに見えるらしいので、「アジア人帰れ」みたいなのを、観客から普通に言われましたし。
僕は体格も小さいんで、「中学生が大人の試合に出てんじゃねえ」みたいなことも言われました。
でもその試合で良いプレーをしたら、相手のサポーターだったんですけど、くるっと手のひらを返して、「今日のマンオブザマッチはお前だよ」みたいに言われて、そこはシメシメみたいな(笑)
僕自身はそういうのは別に気にしてないですし、そう言われた試合は、逆に見返してやろうと思いますね。

それこそ差別とかって、人の考えなんで、心の内に秘めとくのは全然いいと思うんですよ。
例えば、この人種が嫌いとか、出ちゃうのはいけないと思うんですよ。
その辺はやっぱり大人なんだし、うまく付き合えよって思いますけど。
それぞれ考え方があるから、アジア人を嫌いな方がいるんだなっていうのは、世界は広いから別にそりゃしょうがないし。
それをこっちから好きになってよって、強要することもないですし。
差別する人を見ると「そういう人だったんだ」って、悲しい反面、その人に対して冷めちゃう。差別する人なんだなって。
僕はあんまり気にしないですけどね。
プライベートでは、あんまり差別されることはないですけど。
もし何回も何回も立て続けに、差別されることがあったら、考え方が変わるかもしれないですけど。
今はそういう感じですね、考えを持ってても別にいいけど、表にはださないほうがいいよって。
日本人の選手とはプライベートで会ったりしますか?
リーグ戦が始まっちゃうとあまり会わないですし、なんかリズムというか、相手チームに居たら話したりしますけど。
試合日がずれてたら、試合を見に行こうかなってなりますけど。
シーズン中は会う機会は減りますね、オフシーズンと比べると。
怪我してたり、疲れてるとか休みたい人とかもいるんで。
僕はあまりそういうの気にならないタイプなんで、誘われれば、時間があれば行ったりします。
オフシーズンになったら、みんなでサッカーしようとかってあります。
何人か仲が良い選手で集まって、自主練みたいなのをやりますけど。
いろんな人が集まれるのは、オフシーズンのほうが多いですね。
チーム探しについて
メルボルンを選んだのはなぜですか?
漠然と海外っていうのを考えてて、最初にサッカーを海外でしたいと思ったのは、大学3年生・21歳の時で。
海外でサッカーをするんだったら、いろんなサッカーが強い国もありますし、何に重きを置くかだと思うんですけど。
小さいころからずっと英会話をやっていて、英語を勉強するのは嫌いじゃなかったんで、どうせだったら、英語圏で文化に触れながらサッカーできたらいいなって思って、英語圏で探し始めました。
代理人・エージェント系の会社に頼んで、チーム探しをお願いしたら、最初にカナダかオーストラリアはどうですか、この2つの候補がいいと思いますって言われて。
だけど、その時はもうコロナウイルスの規制があった時だったんで、どうなるかわかりませんみたいなことも言われて。
まだ大学在学中に、オーストラリアにしましょうかっていう話には決まったんですけど、いつ行くか、いつ行けるかはまだ決まってなくて。
オーストラリアでも、シドニーとメルボルンがありますよとなったんですけど、「メルボルン」っていうところがあるんだって、そこで初めて聞いた感じです。
エージェントからは、シドニーはこんな感じで、メルボルンはこんな感じですって教えて頂いた時に、メルボルンのほうがサッカーのレベルが高いですって言われて、じゃあそっちにしますって。

一番最初にプレーしたチームは?
一番最初は、Whittlesea Rangesっていうチームにいました。
そこが当時はNPL3(現在のVPL2)で、ちょうど下のリーグに落ちた年なんですけど。
次の2年目はKnox Cityで、3年目からHeidelberg Eaglesでやってます。
(K選手と同じチームですね?)<記者>
こっちに来て、Whittlesea Rangesでチームが決まった時に、なんかもう1人日本人の選手来るよみたいに言われて。
え?みたいになって、で話を聞いたら大学の先輩でみたいな。
大学が日体大で同じなんですけど、大学では1回も会ったことがなくて。
同じサッカー部だったんですけど、選手もチームも多すぎて、250人~300人ぐらいじゃないですかね?
でも日本人がいるのは、心強いっていうか、ましてや2年目だったり長くやってる選手がいるっていうのは。
色々知らないことだったり、ローカルの雰囲気だったりを教えてもらったみたいな感じで。
その辺は心強いと思いましたね。
1年目と今シーズン、同じチームで一緒にプレーしています。
チームはどうやって探しましたか?
ゴールキーパーのポジションって、玉突きみたいな感じですね。(前の人が押し出される)
探すってなった時に、難しかったですね。
1年目はエージェントを使ってたんで、教えてもらってるんで入れるんですけど。
ただ僕の場合は、エージェントに紹介されたGeelongはダメで、先輩の知り合いが紹介してくれたツテでWhittlesea Rangesに決まりました。
2年目のKnox Cityの時は、Whittlesea Rangesの頃のチームメイトが、Knox Cityの監督になるって引っ張ってくれて。
ただその時に、プレービデオを見てくれた別のチームから、トライアルに来てくれないか?って言われて。
もうKnox Cityに入ろうかなっていうのは、ほぼ固まってはいたんですけど、Knox Cityよりもカテゴリーが上だったんで。
「そっちに挑戦したいんだけどいいかな?」っていうのを、Knox Cityの監督に伝えたら、「全然いいよ」って言ってくれて、チャレンジさせてもらって。
結局そっちはダメだったんですけど、Knox Cityの監督に改めて「都合いいかもしれないけど、チームに入りたいんだよね」って言ったら、「もちろん」ってなって入りましたね。

今のHeidelberg Eaglesは、自分で探しました。
Knox Cityでのシーズンが終わって、移籍しようってなった時に。
(移籍しようって思った理由は?)<記者>
Knox Cityは、優勝候補みたいな感じだったんですけど、途中で崩れてきちゃって。
監督もフラストレーションが溜まり始めて、チームがなんか良い方向に向かなくなってて、僕自身もサッカーが楽しくなくなっちゃって。
これ以上ここでサッカーをしてたら、サッカーが嫌いになっちゃいそうかなって思って。
シーズンがまだ残ってたんですけど、やり切らずに「ごめんなさい」って退団しました。
もう残り4試合とかしか残ってなかったんで、他のチーム探すのも何かなって思って。
あとは自分でトレーニングしてましたね。
退団するのは悩みましたけど、自分のサッカーに対する気持ちみたいなのを優先しましたね。
チームには多分、すごい迷惑をかけたとは思うんですけど。
お給料はどんな感じですか?
僕はゴールキーパーなんで、試合には1人しか出れないんで。
そのへんを加味して、試合に出てもベンチに入っても、これぐらいは欲しいみたいな。
シニア戦出場の有無に関わらず、お給料をもらえるように、っていう契約にしています。
(普通はシニア戦に出場しないともらえない、ベンチ・リザーブ戦のみだと無給)
1年目のチームが気を利かせて、そういう契約にしてくれたんですよ。
ゴールキーパーは1人か出場できないし、しかもあなたはビザプレーヤーだから、こういう契約にしたんですけど、この条件でどうですか?って聞かれて、有難うございますって。
それ以降、チームを変える時には、必ずそういう契約にしてくださいって言ってます。
僕がもらっている試合給は、ステートの中では、ゴールキーパーだったら高いんじゃないですか?
あんまりお金の話とかするの好きじゃなくて、他の日本人の選手がいくらもらってるかっていう話はしないんですけど。
他にもクリーンシートだったり、ジュニアのコーチをしているお給料があるんで、そうなると別に低すぎるというか、ありがたい額もらえてるなって思ってます。

クビになったりという話も良く聞きますが
監督が選手を選ぶわけで、その監督に応えられない選手は使いづらいじゃないですか。
クビになったりとかは、わからないわけじゃないですけど。
もちろん理不尽にクビになることもあるんですけど、少なからず選手に問題があるパターンもあるじゃないですか。
期待以上のプレーをしてくれないとか、素行不良だったりっていうのもあると思うので。
その辺はやっぱり、クラブ側と選手本人側の話を、両方聞かないとわからないですよね。
日本人選手当事者だけの話だけだったら、クラブに対して監督に対してのマイナスの部分しかないと思うので。
逆にクラブ側の話とかも聞かないと、うまく判断できないとは思いますね。
一番最初の練習参加って覚えていますか?
練習に始めて行ったときは、Geelongだったんですけど。
練習に行くまでの間に、サッカーで使う英語みたいなのを見て、コーチングする用の英語を見て覚えて。
もうがむしゃらにやってましたね、なんかもう、何言われようが関係ねえわって(笑)

英語はどうでしたか?
1年目の練習参加とか、チームが決まってミーティングをする時に、監督が何を言ってるかっていうのは、だいたいわかってたんですよ。
話すほうが、どちらかというと難しかったですね。
自分が考えて伝えたいことでも、ちょっとボキャブラリー的に足りなかったり、わからなかったりとかして。
今だったら、別のこういう言いまわしで伝えようみたいなのができるんですけど、その当時は「ルートの変更・別の言葉を使う」みたいなのができなくて、話すことがちょっと難しかったです。
でもどんなに勉強をしても、絶対つまずくっていうのはわかってたんで。
「オーストラリアに行きたいんですよ」って相談をされると、どんなに勉強してても挫折はするから、その挫折を受け入れる気持ちを持っていたほうがいいよって毎回伝えてます。
あんなに勉強したのに、ってならなくて済むって。
しゃべれなくても、しゃべれるようになれば良いからって。
エージェントやサポートは必要?
1年目はやっぱ要るとは思いますね、個人的には。
コミュニケーションだったりとか、やっぱり「何者でもない」じゃないですか?
海外に来ちゃったら、ただの日本人みたいな。
どんなに経歴がすごくても、町に放たれてしまえば、普通の日本人じゃないですか?
そうなったら、多少やっぱお金を払ってでも、エージェントを利用するのは、個人的には良いと思いますね。
2年目だったり3年目だったり慣れてきたら、キャリアを積んでいくとかになると、使う・使わないは個人の自由になってくると思うんですけど。
まぁ必要だとは思いますね。
料金は高いけど、しょうがないっちゃあしょうがいないですよね。
右も左もわからないような人に、携帯の契約だったり、銀行の口座の開設だったり、タックスファイルナンバーを作ってあげたり、家を見つけてあげたりとか。
空港までのピックアップ、練習場までの送迎とか考えたら。
結果としてちょっと高いなとは思いますけど、教材費だと考えれば、妥当かなと思います。

子供のコーチについて
どういった子供を教えていますか?
今はHeidelberg EalgesのU9のジュニアのコーチと、SYJ(日本語で日本人の子供に教えるスクール)と、個人のパートナートレーニングをやってます。
日本の資格と、通信とかで取れる海外のライセンスを持ってて、日本の教員免許もあるので、うまく織り交ぜて活用しています。

Heidelbergのコーチは楽しいですか?
ジュニアのコーチは2年目で、去年はU8、今年はU9で、去年教えてた子も何人かいて。
生意気になってくる歳で、子どものコーチは大変ですけど、充実感というか達成感がありますね。
子どもでましてや外国人だから、ジュニアの子たちはバカにしてくるんですけど、いざ試合になったりとか、そしたらちゃんと、戦術的な面でも僕の話を聞きますし。
全然僕の話も聞かないような子が、練習中のゲームとかで負けたら泣いたりするんですよ。
そうするとなんか、こいつ可愛いなって、むかつくけど、可愛いい部分もあるんだなとか思いながらやってます。
(技術を見せたら黙らない?)<記者>
いやいや全然全然、僕がシニアで試合に出てることを何人か知ってる子もいますけど、やっぱり子供なんで「大人の言うことは聞かないよ」みたいな感じの子はいますね。
オーストラリア人の監督やコーチの言うことも聞かないぐらいだから、俺の言うことなんか聞かないよな、みたいな感じでいます。
いいことも悪いことも経験してるんで、難しさもありますけど楽しいです。
クラブからお金をもらって教えているわけですね?
クラブと選手契約をする時に、「このくらいの金額が欲しいです」って提示した時に、試合給でそれは払えないから、コーチ代を代わりに払うから、ジュニアのコーチをやっていうのを欲しいって言われて。
じゃあやりますって言って、今年もチームからお願いされてやってます。
クレームを言ってくる親も多いみたいですけど
まだ年代が低いからかわかんないですけど、あんまり言ってこないし、別にクレームとか言われても別に気にしないスタンスではいます。
クレームがあったとしたら、そんなに言いたいことがあるんだったら、あなたがやればいいんだし。
教えてるのは俺だしみたいな。
他のところ、クラブなんてたくさんあるわけじゃないですか?
上手くなりたいんだったら、レベルの高いところに行けばいいですし、僕は自分の中で、子供たちにこれは教えたい、こういうことを大切に、考えてサッカーをしなさいっていうのを教えてるつもりなんで。
そこの考えが合わない方は、無理に俺のトレーニングを受けなくてもいいだけなんで。
そこは親も取捨選択できるんで。

日本の子供との違いは?
日本の子供たちは良い意味で、従順っていうか、言われたことを必ずやるみたいな感じなんですけど。
オーストラリアの子たちは、自分たちで色々考えて色々やったりとか、ルールの穴を突いてくるでもないですけど。
ルールの理解・解釈の違いみたいなところで、そのへんを上手にやるのがうまいなって。
技術的な部分は、日本の子供たちでもレベルがあるように、日本人でも上手い下手もありますし、オーストラリアでも上手い・下手はあると思うんですけど。
考え方の違いとか、子供たちの人格的な部分とか、その辺は違うなって。
日本でも小学生のコーチとかもやってたんですけど、その辺は違うなとは思いますね。
オーストラリアの子は、意見をしっかりと言ってくる、発信するのが上手い。
子どもが自分の意見を持って、恥ずかしがらずに自分の考えを持って、大人に伝えたりっていうのが多いですね。
日本人の中には自分の考えがあって、発信するのが上手い子もいますけど、オーストラリアの方が多いかなっていう印象がありますね。

これまでとこれから
今までのメルボルンでの自分に点数を付けるとしたら?
80点ぐらいはありますね。
80点とか90点とかは上げていいと思いますよ。
サッカーの話になると、またVPLでプレーしたいなっていうのはありますね。
特別何かが変わるっていうわけじゃないですけど、心のモチベーション的に。
今のチームに不満があるわけじゃないんですけど、やっぱりまだサッカーで、もうちょっと高いレベルでやってみたいってのが目標としてあるんで。
だからまたVPLに戻って、プレーしたいってのがありますね。

メルボルンに来てから、どこかの時点まで巻き戻すことができるとしたら?
いや無いですね、今のところは。
ご家族はどう思っていますか?
海外に行く前は、父親とサッカーを続けるのか、続けないのかを話してて。
大学の時点で20歳にもなって、成人したので、今後をどうするのかとか。
日本で仕事をするのかという話になった時に、体育の教員になろうっていうのは漠然と考えてたんですけど、あんまり自分の中でしっくりきてなくて。
オーストラリア・海外でサッカーをしたいって言っていた理由が、メルボルンで先輩がプレーしていたからなんですよ。
その先輩が、日本に一時帰国した際に、大学に練習に来てくれていて、そこでお話し聞いて、海外でやってみたいっていうのがあったんで。
その話を家族にして、そこでは別に反対は無かったですね。
例えば日本で就職をして、22歳から社会に出て、まぁ定年65歳とか70歳ぐらいかもしれないですけど、それまでの間を働いて過ごすっていうよりかは、何年かは海外に行ってみたほうが人生的にも充実するし、色々な経験もできるし。
仕事はイヤでもしないといけなくなるし、それなら何かチャレンジしてみてもいいんじゃない、みたいなことは言ってくれて。
それに背中を押されてみたいな。
日本には帰っていますか?
ちょいちょい帰ってます(笑)
試合の結果も、いつも毎回すぐに連絡してます。
どのくらいオーストラリアに居ると思ってる?とか、家族には聞いたことはないですけど。
おじいちゃんやおばあちゃんは、いつも「帰ってこい」とは言いますけど(笑)

お父さんからインスタでフォローされましたよ
父は、自分で仕事をやってますね。
僕のインスタで活動を確認できるようにとか、仕事のことも発信できるようにって、インスタをやってます。
ありがたいですね、インスタを通じて応援してくれるのも。
肌でも感じますけど、視覚的にも応援してくれているのを感じますし。
■ 光洋台にこにこ不動産
子どもの頃は父は忙しくて、小学生の頃とかも、6年間で試合を見に来てくれたことが1回か2回くらいしかなくて。
中学・高校も、仕事が忙しくて、全然試合見に来てくれなくて。
自分で開業するってなったタイミングで、時間に余裕が作れるようになって。
それが大学の時ぐらいだったんで、大学の試合はたくさん見に来てくれてて、だから嬉しかったですね。
母親は専業主婦なんで、ずっと試合見に来るとしたら母親が、毎回ではないですけど、比較的来てくれてたんですけど。
父が見に来てくれたら嬉しかったですね。
子供の頃だと照れくさいとかいう感じがあるんですけど、僕は誇らしいというか、「見てくれてるわ」みたいな。
運動会とかでも、来てくれてるのがありがたいっていう感じでしたね。
父はアメフトはやってたんですけど、サッカーはしてなかったんで、戦術的云々の話はしないんですけど。
父の教えで、人に迷惑をかけるなとか、サッカー選手の以前にお前は人なんだから、人としてダメなことは絶対すんな、みたいなことは良く教えられてて。
挨拶をしっかりしろとか、目上の人を敬えとか、恩を仇で返すなとか、そういうのは結構ずっと言われてて。
そのへんを小さい頃から教えてもらってたのは、大人になってから、よかったなと思いますね。
子供の頃はどんな子でしたか?
悪くはないと思うんですけど、ルールは守るんですけど、いたずら系はよくやる子でしたね。
学校のルールとかサッカーのルールとか、そういうのは守るんですけど。
人にいたずらとか、ちょっかいかけてるのは好きな子でしたね。
今後の予定は?
サッカーは続けるとは思いますけど、こっちの生活があと何年ぐらいかわからないですね。
永住はなんかあんまり考えてないですね。
やっぱり大変なのもわかるし、オーストラリアが嫌いっていうわけじゃないですけど、ずっと居たいっていうのはないですね。
あと何年ですかね?
まだ決めてないですけど。
日本に帰ってもサッカーは続ける?
やりたいですけど、サッカーが第一じゃないと思うんですよ、やっぱ仕事をしないといけないんで。
そうなるとやっぱり難しいですね。
仕事の関係でどこに住むかにもよりますし、サッカーは二の次になっちゃいますね。
メルボルンに来たい選手にアドバイスをするとしたら?
語学の面では躓くよ、っていうぐらいですかね。
あとはサッカーの面においては、自分が持ってるもの出してしっかり準備して。
子どもじゃないんだしみたいな(笑)

メルボルンについて
メルボルンはどうですか?
良い街だとは思いますね。
僕はずっと日本だったんで、海外の他の場所に住んだことはないんですけど。
日本だとあんまりこう、いろんな人種っていないじゃないですか?日本人が大半じゃないですか?
こっちって、いろんな人種の方がいて、いろんな考え方があって、いろんな宗教があってっていうのがあるから。
会話をする中でも、他人のその人なりの価値観を尊重するっていうのをすごく学ぶっていうか、文化を知るっていうか、その辺はメルボルンに来てよかったなって。

仕事は何をしていますか?
今は、ジュニアのコーチとスクール、パーソナルトレーニング、あとは知り合いのランドスケープ(庭仕事)ですね。
(ランドスケープって大変ですよね?)<記者>
トレーニングだと思ってやってます(笑)
週2回、多くて3回とか、不定期ですけど。
試合給もありますし、いろいろ仕事をもらえてはいますので。
どんなところに住んでいますか?
大学も一人暮らしじゃなくて実家から通ってたんですよ。
メルボルンでの一人暮らしが初めてで、わくわく反面みたいな感じでしたね。
一番最初はシェアルームで、Footscrayの蛸部屋みたいなこところでした。
(Footscrayは昔は治安が悪くて有名でした)<記者>
そこは3週間で出ました(笑)
最初、6人でのシェアだからって言われて入ったんですよ。
3・4部屋あって6人だと、1部屋2人づつで、家には冷蔵庫が1つで。
その時、同じエージェントを使って来てた日本人の選手と、同じ部屋に一緒に住んでました。
でも1週間ほど経ったら、急に住んでいる人数が倍ぐらいに増えてて、誰かの友達かどうかもわからないんですけど、帰ったらほぼ毎日居るみたいな感じなんですよ。
(2倍っていうことは10人以上ですよね?)<記者>
冷蔵庫は1個しかないから、ごはんも作れないし、シャワールームもトイレも1個しかないんで。
ちょっとヤバい、しんどいなー、みたいになって。
チームがWhittlesea Rangesに決まって、Footscrayから行くとなると、この距離がすごく遠いなって思って。
じゃあ引っ越すかと思ったら、たまたまそのルームメイトも引っ越そうと思ってるって。
それでシティに引っ越したんですよ、それもシェアルームで。
シティに3か月住んだんですが、そこは強制退去みたいな感じになっちゃって。
マスタールームにカップルが住んでいて、その二人が解約して出て行くっていうタイミングで。
(コロナ後の人の流入で)ちょうど人が増え始めた頃で、「家賃を上げるから払えないんだったら出て行って」って急に言われて。
本当は家賃を上げる場合って、3か月前に通知しないといけないってあるじゃないですか?それも無かったですね。
2週間とか3週間で、急いで家探してみたいな感じでしたね。
■ シェアハウス探しのサイト

それからRosannaに引っ越して、1年目のシーズンが終わったタイミングの時で、結構長めに日本に帰るから、その家を解約してから日本に帰ったんですよ。
日本から戻ったら、やっぱりその家は空いてなかったので、しばらくReservoirに住んでましたね。
そこの契約が切れるタイミングで、以前住んでいたRosannaの大家さんが「部屋空いたよ」って教えてくれて。
契約が切れるのと新しい家に入れるタイミングに2週間ぐらい間があって、でも「2週間部屋空けといて、お金は払うから」って言ったんですけど。
「玲は前に住んでてすごく良い子だから、お金も要らないから部屋取っといてあげる」って言われて。
それからずっとRosannaに住んでます。
(K選手も一緒に住んでるよね?)<記者>
K君が家探してる時に、大家さんから、ちょうど部屋が空くけど、「玲の日本人の子で知り合いいない?」って聞かれて。
大家さんはアジア人が良くて、「俺の友達で家探している子いるから聞いてみるよ」って。
K君に聞いたら、じゃあ移動するわって(笑)
日本に比べると物価が高いですけど
郷に入れば郷に従えじゃないですけど、その分オーストラリアは賃金が高いじゃないですか?
そのへんはうまくバランス取れてるっていうか。
オーストラリアのお金を持って、日本に帰るとかだったら、物価のこととか考えたりはしますけど。
こっちで生活してて、こっちで作ったお金をこっちで使うってなったら、「一緒じゃん」っていう考えにはなりましたね。
家賃はすごい高いと感じますけど。
日本人と家の話になった時に、家賃いくらなのとか聞いたりして、「え?どこ住んでるの」みたいな。
家賃で思いますね、物価の違いを。
ここで好きな食べ物ってある?
スブラキ美味しいですね、大好きです。ラム(羊肉)も。
あとは甘いものとかですかね、僕甘いもの好きなんで。
グミとか子供が好きなやつ。
お菓子とかは、日本であんまり売ってないようなものがたくさんあるじゃないですか?
見るとテンション上がったりしますね。
外国のお菓子の、あま~い、体にわる~いなみたいなの。
青い飲み物とか青いお菓子とか、大好きなんですよ(笑)
(きゅうり残ってるよ?)<記者>(ランチを食べていた時に)
きゅうり苦手なんです、苦手は治らないですね。
(海外に行くと何でも食べれるようになるんじゃないの?)<記者>
ある程度治るものもあるんですけど、きゅうりは直らないです(笑)

メルボルンで嬉しかったことは?
嬉しかったことは、もうあれですね、一番最初にサッカー給をもらったときですね。
それがもう、オーストラリアで一番うれしかったこと。
僕はそんなにレベルも高くないですし、僕のプレー、良い意味でも悪い意味でもフィルターがかかるっていうか。
日本国内だと、このぐらいのレベルでっていうのが、予測ができちゃうじゃないですか?
メルボルンに来たのは、英語を学びたいっていうのもそうですけど、僕のサッカーのプレーに対して1円でもいいから、お金を払ってくれるチームを見つけて、そのチームのためにプレーしてみたいっていうがあって。
小さい頃の夢がプロサッカー選手で、サッカーでお給料をもらってみたいって。
プロにはなれなかったけど、お金を自分のプレーに対して払ってくれることを経験してみたいと思って。
父にも「それを経験したら、それまでと、もらった後のサッカーの価値観も違うし、いろいろな価値観が変わる。確実に人間的に絶対的に成長するから」と言われて。
初めての給料は封筒でもらったんですけど、その封筒は開けずに実家に置いてあります。
もらった日付を書いて、そのまま家族に渡したら、家に飾ってくれています。

恥ずかしかったことはある?
恥ずかしいことか~
バカなんで、今の今まで気付いてない可能性もあるかもしれないですね(笑)
恥ずかしくはないんですけど、外国人というかオーストラリア人からしたら恥ずかしいのかな?って思うのは「英語の発音」。
相手は発音が違っていても、意味をくみ取ってくれて、この人はこう言いたいんだなっていうのを理解してくれるけど、「発音違うよ」って思ってないかな?っていうのは思いますね。
サッカーの試合中だったり、プライベートで話してたりしてても、LとRの発音、間違ってないかな?とか(笑)
知らぬが仏でもないですけど、たまにちょっと考えますね。
怖かったことは?
1年目の時に、僕シティに住んでて、最寄りの駅からチームメイトの車で練習場に行ってたんですよ。
帰りに駅に降ろしてもらったら、駅に血まみれの人がいて、なんでかわかんないんですけど。
太ももが切れてたと思うんですけど、血が水たまりみたいになってて。
え?って・・・
警察官が4人ぐらいいたんですけど、慌てることもなく、「あ、血踏まないでね」って。
圧迫とか介護してる警察官が2人で、誘導してる警官が2人みたいな感じでしたね。
原因もわかんなくて、医療ドラマとかでしか見たことがないような血の量で、酔っ払いの顔が真っ白な時みたいな感じでしたね。
まばたきとかはしてたんで、生きてはいると思うんですけど。
こわーと思いましたね、その時は。
次の日「ニュースになってた?」って聞いたら、いやなってないよって。
ローカルの掲示板みたいなのにも、載ってないっていうから。
ニュースになってないのも怖かったですね。
その血があった場所に行ってみたら、綺麗さっぱり血痕も無くみたいな感じだったんで。
えー?!みたいな。

メルボルンに来て思うことは?
人のご縁に感謝する、そんなメルボルンでの生活がありますね。
日本に居ると、良い意味で互いに干渉し合わない、人との繋がりって感じづらいじゃないですか?
けどなんかこっちに来ると、明らかに日本人が少数派で、みんな頑張ろうとか、困っている人を助けてあげようっていう心がある方が多いじゃないですか?
現地の方だったりとか、こっちに住まれて長い方だったりとか。
そのご縁に感謝って言うか、その縁が繋げてくれてるなっていうのはやっぱりありますね。
大学の先輩が繋げてくれて、今も順風満帆にオーストラリアの生活を送れている。
父の教えにも感謝ですね。


石田玲 / Rei Ishida
神奈川県立藤沢西高校、日本体育大学出身。
メルボルンのWittlesea Ranges、Knox Cityを経て、2024年シーズンからHeidelberg Eagles SCに加入し2シーズン目。